今日の朝、Facebookのある投稿が目に留まりました。
「認知症にならない生き方についてお話しています。」
っと。
この投稿をしたのは、医者でもなく、脳科学者でもなく。
なんの根拠をして「認知症にならない」方法を説くのかと、
怒りを覚えました。
私が知る限りでは、現在、認知症が発症する原因はわかっていません。
糖尿病説?などありますが、
認知症が発症する原因は確定していないと認識を持っています。
なぜ、科学者も医師もわからないことを、
その方が発信できるのか?私には理解できません。
<以下は科学的ではない、介護施設の経営者としての実感をお話しします。>
織田信長の時代には、人生50年と言われていました。
しかし平成29年(2017年)簡易生命表によると、
日本人の平均寿命は男性が81.09歳、女性が87.26歳。
織田信長の時代と比較して、
約30年寿命が長くなっています。
身体的には約30年の寿命が長くなっていますが、
その分だけ、脳は寿命がついていけているのでしょうか?
全く科学的根拠はありませんが、身体と比較して
脳は同じく長く持たない可能性もあるのではないでしょうか?!
人間の死亡率は??
考えれば当然ですが、100%です。人間は、必ずなくなります。
不老不死の人間はいなく、死亡率100%です。
もし明日、あなたは死にます。と言われたたら、怖くないですか??
死を恐れませんか??
私は、認知症を死の痛みを和らげるものだと考えています。
これは経験上のもので、全く科学的なお話ではありません。
私はまだ死んだことはありませんので、この話が正しいとは思いませんし、
正しくないとも思いません。
願望として、認知症によって死の怖さを和らげているんだと思いたいだけです。
自分自身を認知できない中で、死を迎えるのと。
自分自身の置かれている状況を完全に理解しながら、死を迎えるのと。
どちらがいいのか??今は、全くわかりません。
でも、認知面の不足がないまま、亡くなっていった高齢者をみたこともありますし、
あきらかな認知症発症の高齢者の看取りもしてきました。私たちは。
認知症にならない方がいいという理想論はわかります。
しかし、死への備えに対して、
必要として認知症になるんじゃないかという仮説を、
私は持っています。これは全く科学的じゃないです。
都市伝説といってもいいレベルです。
でもこれは、介護に対する哲学であり、
入居高齢者の尊厳を守るための、私たちなりの解釈なのかもしれません。
高齢者が認知症になることを悪とはしない、
私ですら、明日、認知症になりえると思っているからこそ、
認知症になるのはだめであるという考えを持ていません。
私たちの考えが支持されるか、支持されないかはわかりません。
事実として、日本の高齢者は認知症が増えています。
それは前段に書いた、織田信長の時代とは寿命の長さが違うからなのか。
私はわかりません。
自信をもって、人前で話すことはしません。
なぜなら、私が考えていることは妄想かもしれませんし、
科学的客観的根拠を持ち合わせていないからです。
単なる、体感であり、感覚的な受け入れであり、
それでも私たちが大切にしている介護ポリシーだからです。
認知症になるのはだめだーと発信するのはだめですが、
認知症になってもどうにかなりますよ~と発信できる世の中になることを、
私は期待しています。
みんな認知症になる可能性があるのだから、
そういう意味で、長谷川和夫さんの話は、
私たちに生きるヒントを与えてくれます。
https://www2.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2020-01-15&ch=21&eid=13480&f=46
当然正しく、伝わらないと思いますが、
認知症になることが不幸ではないという、
長谷川和夫先生の言葉をご紹介して終わりにしたいと思います。