経歴は、ググっていただければ、どこかに書かれていると思いますが、
私、大石ひろゆきが持っている資格をご紹介します。
- 普通自動車免許 ←大学入学前に取得
- 初級システムアドミニストレータ試験合格 ←大学2年生の時取得
- 訪問介護員2級資格 ←大学4年生時の時取得
- 基本情報処理試験合格 ←平成16年(社会人2年目に取得)
- 宅地建物取引士試験合格 ←令和元年(40歳にして取得)
と大石ひろゆきの知識を裏付ける資格は、上記のようになっています。
その中で、宅地建物取引士試験も合格するまでに3回の試験を要しましたが、
基本情報処理試験も合格までに3回の試験を受けました。
3回試験を受け、合格した「情報処理技術者試験合格書 基本情報技術者試験」。
平成16年5月18日に合格しています。
な、な、なんとその当日の経済産業大臣は、故中川昭一氏です。
なにかご縁を感じます。といっても、たまたまです。
基本情報処理試験の沿革がWikipediaに載っていましたので、転記します。
1969年(昭和44年)第二種情報処理技術者認定試験として実施。
試験的な意味を含めた開催であった。合格率は約8%。1970年(昭和45年)第二種情報処理技術者試験として実施。1986年(昭和61年)情報処理技術者試験は年2回実施されることとなり、受験者数が増加した第二種情報処理技術者試験は春期と秋期の年2回実施。以降合格率は15%前後、合格者の平均年齢は24歳前後で推移する。1994年(平成6年)秋期試験より、午後試験が記述式から選択式(マークシート)に変更、電卓が使用可能、一部免除制度導入、合格証書の寸法がB5からA4に変更、英語名称変更[11]。2000年(平成12年)11月8日 試験を新設する[12]。制度改正により基本情報技術者試験と改称、出題範囲・形式を変更。第一種情報処理技術者試験にあった情報科学分野やコンピュータシステムなどが出題範囲に含まれた。2001年(平成13年)4月15日 初の試験を実施する[13]。同年5月22日 初の合格者を決定する[14]。出題範囲の拡大により難易度が上昇した。(合格率は16.2% ※志願者による競争率はおよそ9倍)受験者数の減少。2002年(平成14年)秋期試験より、電卓が使用禁止となる。2009年(平成21年)4月15日 試験の科目を変更する[15]。制度改正後、初の試験を実施する[16]。制度改正により初級システムアドミニストレータ試験(初級シスアド)の一部を吸収し、出題範囲・形式を変更。なお、他の多くの区分名が変更されたが本試験については改称されなかった[17]。制度改正前はソフトウェア開発に重点を置いた出題範囲であったのに対し、制度改正後は利用者側にも対応した広い出題範囲となり、午後試験でマネジメント分野や経営戦略分野、表計算ソフトといった問題が選択可能になった。制度改正後初回の受験者平均年齢は25.8歳、合格者平均年齢は26.3歳[18]と上昇、ここ数年の平均合格率は24%前後[19]を推移している。応募者数は当初は増加したものの、春期試験では平成23年度特別試験から4期連続、秋期試験では平成22年度から6期連続で減少した[20]。2011年(平成23年)10月16日 秋期試験より、表計算の問題でマクロに関する内容が追加されるようになる[21]。平成23年度(2011年度)春期まで他のプログラミング言語より簡単と批判されてきた表計算だったが、これにより、他の言語と同じくらいの難易度に引き上げられた。2014年(平成26年)4月20日 春期試験より、情報セキュリティ分野からの出題が強化される。午前試験でセキュリティ分野からの出題問題数が増えた他、午後試験でセキュリティ分野が必須問題になった。2019年(令和元年)10月 秋期試験を最後にCOBOLの出題を廃止予定。2020年(令和2年) 春期試験より午後の選択問題でPythonを追加予定。
私が受験したのは、平成16年春。2004年で、まだ合格率が難化していた時期です。
新卒として入社したのが2003年。
新卒で入社した会社の出世要件の一つが、この「基本情報処理試験」の合格でした。
おかげで、システムに対し、理解し、システム志向や、
業務上のルール作りなど、オタッキーな仕事の仕方をするようになり、
今に至ります。
大石ひろゆきをつくる要素のひとつをご紹介させていただきました。
マネするかしないかは、あなた次第です(笑

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